ある装置メーカーは、ポンプのすぐ近くに熱陰極電離真空計(ホットカソード)を設置していました。表示はいつ見ても1×10-5 Pa前後で「十分いい真空だ」と誰もが安心していました。ところが、試料や温度、流量などの条件を変えていくうちに、肝心の実験結果がだんだん悪くなってきました。
「チャンバーの中だけ真空が悪いのでは?」という不安が広がり、真空計をチャンバー近くに移して確かめることにしました。点灯した瞬間、フィラメントが焼けてアウト。慌ててピラニ真空計で測り直すと、チャンバー側は1×10-1 Pa(0.1 Pa)。ポンプの表示は良いのに、チャンバーは桁違いに悪かったのです。
問題の根本は配管による「コンダクタンス(流れやすさ)」の制限でした。ポンプとチャンバーの間には、長くて細いフレキシブル管が設置されていました。これは、太いホースと細いストローで水を吸う違いのようなもので、同じ吸引力でも細い管路では流量が大きく制限されます。
真空ポンプは確実に動いているため、ポンプ直近の圧力は低く保たれます。しかし、細いフレキ管を通ってチャンバーからポンプまで気体分子が移動する速度は遅く、結果としてチャンバー内の圧力が高いままになってしまいました。数字は嘘をついていません。見ていた場所が間違っていただけでした。
さらに、ホットカソードは高めの圧力で点灯すると壊れやすい機器です。今回は、チャンバー側が思ったより高圧だったのにそのまま点灯してしまい、フィラメント焼損に直結しました。本来は、ピラニで十分低いことを確認してからホットカソードを点灯するのが安全手順でした。
高価な熱陰極電離真空計のフィラメント焼損により、機器交換が必要となりました。実験も中断を余儀なくされ、スケジュールに遅れが生じました。また、実験結果の悪化原因を特定するまでに時間がかかり、不良品の量産リスクがありました。
1. 測る場所は”使う場所”に寄せる。迷ったら、まずはチャンバー側を候補に。
2. 点灯は順番どおり。先にピラニで十分低いことを確認 → それからホットカソード。
3. 配管を甘く見ない。フレキはなるべく短く・太く・曲げ少なく。「細長いストロー」は離れた場所の真空を悪く見せます。
“代表点”を図に描く。どの数字で合否を決めるか、紙に書いてチームで共有。
相関ノートを作る。ポンプ側Xのとき、チャンバー側はY。条件を変えたら必ず更新。
単位と表記を統一。1×10-1 Pa(0.1 Pa)など、読み手が迷わない書き方に。
基本方針:管理したいのがチャンバーで“使える真空度”なら、チャンバー近くに代表点を置くのが筋です。数字がプロセスの実感とズレにくくなります。
ただし例外も:高温・反応性ガス・強磁場・放射線など、チャンバー直近に置けない/置くと保守が大変な環境もあります。そんな時はポンプ側に置き、「チャンバーとの相関」(この値ならチャンバーはこれくらい、という関係)を取って指標管理する方法も現実的です。
大事なのは“目的”:実験の目的は「チャンバーの数字を良くする」ことではなく、実験に使える状態を安定させることです。プロセスが一定ならポンプ側管理でも回りますが、条件変更のたびに相関がズレないか確認が必要です。
チャンバーの中は基本的に一定の圧力のためどこで測っても同じです。(アウトガスの多い部品の近く、などという特殊な状況出ない限り。)チャンバーの下に取り付けてしまうとパーティクルなどが入り真空計が壊れる原因になるため、おすすめしません。