パッシェンの法則は、気体中での電気的な放電(ブレークダウン)が起こる条件を表した物理法則です。ドイツの物理学者フリードリヒ・パッシェン(Friedrich Paschen)によって1889年に発見されました。
簡単に言うと、「気体の圧力と電極間の距離の積」によって、放電に必要な電圧が決まるという法則です。真空業界では、プラズマ生成やスパッタリング装置の設計において非常に重要な役割を果たします。
パッシェンカーブから読み取れる各気体の最適動作条件をまとめました。この条件で動作させることで、最も効率的な放電を実現できます。
※パッシェンの法則における「最適動作点」とは、パッシェンカーブの最小値(U字型カーブの底の部分)のことです。この点では最小の電圧で安定した放電を開始できるため、電力効率が最も良くなります。
気体 | 最適pd値 [Torr·cm] |
最小放電電圧 [V] |
特徴 |
---|---|---|---|
アルゴン (Ar) | 1.0 | 137 | 最も一般的、コスト効率良い |
水素 (H₂) | 2.0 | 273 | 還元性、高い拡散速度 |
窒素 (N₂) | 2.7 | 251 | 安価、化学的に安定 |
ネオン (Ne) | 4.0 | 244 | 安定した放電特性 |
ヘリウム (He) | 5.0 | 156 | 化学的に不活性、軽い |
アルゴンが最も人気な理由: 最適pd値が1.0 Torr·cmと低く、放電電圧も137Vと比較的低いため、装置設計が容易で電力効率が良い点が挙げられます。また化学的に不活性なため、多くの材料に対して悪影響を与えません。
パッシェンの法則を視覚的に表現したのが「パッシェンカーブ」です。このグラフを見ることで、放電がどのような条件で起こりやすいかが一目で分かります。
上のグラフから読み取れる重要なポイントを解説します。
すべての気体で同じようなU字型のカーブを描きます。これは物理的な法則に基づく普遍的な特性です。
カーブの底の部分が「最も放電しやすい条件」です。この点で動作させると、最小の電圧で安定した放電が得られます。
アルゴン(赤)は比較的低い電圧で放電するため、スパッタリング装置でよく使われます。窒素(紫)は高い電圧が必要です。
圧力×距離の値が極端に小さい(真空に近い)か大きい(高圧・長距離)場合、放電に必要な電圧が急激に上昇します。
パッシェンの法則は、真空技術や薄膜製造において極めて重要な役割を果たします。特にプラズマ環境の制御やスパッタリング装置の設計において欠かせない知識となっています。
プラズマ化学気相成長法では、適切な圧力と電極間距離を設定することで、安定したプラズマ状態を維持し、高品質な薄膜を製造できます。
スパッタリングでは、ターゲット材料を効率的に放電させるため、パッシェンの法則に基づいて動作圧力と電極間距離を最適化します。
真空装置の設計において、意図しない放電を防ぐため、または逆に制御された放電を実現するための重要な設計指針となります。
半導体製造におけるエッチング工程では、均一で制御されたプラズマ生成のために、パッシェンの法則を活用した条件設定が行われます。
パッシェンカーブの最小値付近で動作させることで、最も効率的な放電条件を実現できます。これにより、消費電力を抑えながら安定したプラズマ状態を維持できます。
真空装置では、予期しない放電による機器の損傷を防ぐため、パッシェンの法則を用いて安全な動作領域を設定します。
スパッタリングやエッチング工程において、パッシェンの法則に基づいた条件設定により、プロセスの再現性と品質を向上させることができます。
当社には、パッシェン領域での放電を抑制する方法についてお問い合わせをいただくことがございます。特に真空用フィードスルーを介して電流を導入している際の予期しない放電は、多くのお客様が直面される課題です。
例えば、弊社取り扱いの高電圧端子をご使用の場合、「真空用フィードスルーを介して電流導入しているにも関わらず、電極からチャンバーへ頻繁に放電してしまう」というお悩みをいただくことがあります。
パッシェンカーブを見ると明らかなように、高真空ではほとんど電気を通さないにも関わらず、中低真空の領域では大気中よりも放電しやすいという現象が起こります。プラズマ装置ではこの特性を積極的に利用していますが、これを知らないと意図しない放電に繋がることがあります。
重要な注意点: これらの対策の効果は、実際の使用環境や条件によって大きく左右されます。そのため、効果の有無は実際にご評価いただく必要がございます。お困りの際は、まずは一度お試しいただき、結果に応じてさらなる対策をご検討いただくことをお勧めいたします。