失敗事例 #01
「油回転ポンプの”おみやげ”をルーツポンプが丸のみした話」
0. 教訓
「急いでいるときほど、ひと手間を惜しまない」
真空装置は一見シンプルでも、ポンプ間の相性や汚染経路は複雑です。ポンプを交換するときは、配管の”見えない汚れ”を想像し、フィルタを付ける・洗浄する・短時間で様子を見る――この3ステップを忘れないでください。
1. 事例内容
研究室で使用していた油回転ポンプ(ロータリーポンプ)が不調となり、一時的な代替機としてルーツポンプ(ドライポンプの一種)を同じ吸気ラインに接続・貸与しました。授業や実験で時間が押しており、ライン洗浄やモニタリングは最小限で済ませてしまいました。
フランジ形状が同じだったため接続は簡単で、ルーツポンプを起動した際には異音もなく到達圧力も問題ありませんでした。しかし15分後、排気口から独特の”焦げた油”のにおいが発生。1時間後にはにおいが弱まらず実験を中止せざるを得ませんでした。
失敗した人の声
「フランジサイズが同じだから大丈夫だと思い込んでしまいました。油回転ポンプからルーツポンプに交換する際、配管内に残った油蒸気のことを全く考えていませんでした。」
「焦げた油のにおいがした瞬間、背筋が凍りました。数十万円のポンプを壊してしまったという実感が湧いてきて、指導教員にどう報告すればいいのか頭が真っ白になりました。」
「結果的に高額なオーバーホールが必要になり、学生の卒論実験にも影響が出てしまいました。急いでいる時こそ基本を確認する重要性を痛感しました。」
2. 原因
技術的な要因として、以下の問題が重なりました:
- ポンプ方式の違い:油回転ポンプは作動油を潤滑・シールに使用するのに対し、ルーツポンプは油を使わない(ドライ)ため、油分に弱い構造です。
- 逆拡散:故障中のロータリーポンプが吐き出した油蒸気が吸気ラインに滞留していました。
- ミストフィルタ欠如:ラインにトラップやフィルタを入れなかったため、油蒸気がダイレクトに流入しました。
- 温度管理不足:立ち上げ時にルーツ内部が低温で、油が凝縮し付着しやすい状態でした。
根本原因を5 Whyで分析すると:
- なぜルーツポンプに油が入った? → ラインに油蒸気が残っていた
- なぜ油蒸気が残っていた? → 油回転ポンプが吐出したミストが配管に付着
- なぜミストを除去しなかった? → フィルタ設置・洗浄工程を省略した
- なぜ省略した? → 実験を早く再開したかった(スケジュール圧)
- なぜスケジュール圧があった? → 予備機とメンテ計画が不足していた
3. 影響・被害
- ルーツポンプ内部に油が付着 → ベアリング・シールの劣化加速
- 排気が常に油くさい → クリーン真空が必要な測定に再使用できない
- オーバーホール見積:数十万円+ダウンタイム数週間
- 実験スケジュール遅延、学生の卒論実験日に影響
4. 防止策
- ポンプの方式が違えば「相性問題」が必ずあることを認識する
- 配管は「きれいに見えても汚れている」――真空ラインは使い回し厳禁
- 異臭・色の変化・到達圧力のわずかな悪化は重大な汚染のシグナルとして即座に対応
- 余裕のないスケジュールはチェックリストを”消去”する最大要因であることを意識
- 予備機を持つだけでなく、予備機投入フローを事前に決めておく
5. 再発防止チェックリスト
- ✅ 代替ポンプ接続前にラインを分解洗浄(IPA など揮発溶媒→乾燥)
- ✅ ミストフィルタ/コールドトラップを必ず介在
- ✅ 最初の 30 分は排気臭・振動・電流値をモニタリング
- ✅ ポンプを跨いで機種を変える場合は専門業者に相談
- ✅ 定期オーバーホール計画を年度初めに策定
- ✅ トラブル対応を実験ノートと共有ドライブに記録し、後輩と共有
- ✅ 緊急停止判断基準を明確にし、においや異音があれば即座に停止