真空部品は絶対に素手で触らない。「これくらい大丈夫」という油断が最大の敵。
真空装置は正直です。あなたの丁寧な仕事には最高の性能で応えてくれますが、少しの油断や手抜きには、必ず悪い結果で返ってきます。
研究室に配属されたB君は、やる気に満ち溢れていた。指導教員から「この真空チャンバーの組み立て、やってみるか?」と声をかけられ、初めて本格的な装置の組み立てを任されることになったのだ。
マニュアルを読み込み、先輩からのアドバイスもメモした。フランジ、ガスケット、ボルト…一つひとつ丁寧に、傷つけないように組み上げていく。作業は順調に進み、最後の仕上げにチャンバー内部の試料ホルダーを取り付けるだけとなった。
その時だった。手袋が少し汚れているのに気づいたB君は、つい面倒に感じて素手でホルダーを掴み、設置してしまったのだ。「ほんの一瞬だし、指紋もつけないように持ったから大丈夫だろう」彼はそう高を括り、チャンバーを密閉。いよいよ真空排気を開始した。
B君の「ほんの少しだから大丈夫」という安易な判断が原因だった。手袋が汚れていることに気づいたにも関わらず、交換を面倒に感じて素手で試料ホルダーを設置してしまった。
真空の世界で怖いのは、外からのリークだけではない。チャンバー内部からのガス放出(アウトガス)こそが、高真空を阻害する最大の敵である。手についていた皮脂や水分、つまり有機物が真空中でガスとなって放出され続け、目標真空度達成の壁となっていた。
ロータリーポンプが唸りを上げ、ターボ分子ポンプが甲高い音を立てて回転数を上げていく。真空計の圧力は順調に下がっていく…はずだった。しかし、ある程度の圧力から、一向に数値が下がらなくなった。目標とする高真空領域(10⁻⁵ Pa台)には程遠い状態となった。
復旧作業として以下が必要となった:
結局、この復旧作業に丸2日を費やした。B君のたった一度の横着が、自分だけでなく、周りの貴重な時間と労力をも奪ってしまった。
真空部品を扱う際は、以下の基本原則を徹底する:
必ず清浄な手袋を着用する。ニトリルグローブやナイロングローブなどを使用し、手袋が汚れたら躊躇なく交換する。「これくらい大丈夫」という油断を排除する。
基本手順を遵守する。真空の扱いは、決められた手順の一つひとつに必ず意味がある。横着せず、基本に忠実であることが、結局は一番の近道である。
汚染(コンタミネーション)への理解を深める。目に見えない汚れ(皮脂、油、水分)が、真空の世界では致命的な汚染源となることを理解する。