真空排気は段階的に圧力を下げていくプロセスです。
これは登山に例えると、一気に頂上を目指すのではなく、ベースキャンプを設営しながら段階的に高度を上げていくのと似ています。
段階 | 典型圧力域 (Pa) | 主な流れ状態 | 代表的なポンプ | おもな目的 |
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大気 → 粗引き | 105 → 102 | 粘性流 (分子が密集、団体行動) | ロータリーポンプ、ドライスクロール | 大気を一気に抜いて 102 Pa 付近へ (掃除機のように大量の空気を吸う) |
粗引き → 高真空 | 102 → 10-3 | 中間流(遷移流) (団体と個人の中間) | ルーツブロワ+ロータリ、ターボ分子ポンプ | 高真空ポンプが動ける圧力まで下げる (次の段階の準備) |
高真空 → 超高真空 | 10-3 → 10-7 | 分子流 (分子が個人行動) | ターボ分子、クライオ、イオンポンプ | 半導体・表面分析など (製造や研究用途) |
超高真空 → 極高真空 | 10-7 → 10-10 | 分子流 (ほぼ宇宙空間レベル) | イオン、NEG、チタン昇華 | 研究用途 (加速器, STM など) (最先端の科学実験) |
真空排気を理解するには、まず気体がどのように振る舞うかを知る必要があります。
ここでは最も基本的な3つの関係式を覚えましょう。
なにが分かる? | 覚えたい式 | かみ砕きポイント | 実生活での例 |
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圧力・体積・温度の関係 | PV = nRT | 風船を暖めると膨らむのと同じ。 「P×V は温度に比例」 | 夏の暑い日に車のタイヤの空気圧が上がる |
分子1個あたりで考える | P = nkT | n は分子密度 (1 m3あたりの個数)。 分子1個の平均エネルギーは kT | 電車の混雑度(人数密度)が高いほど圧迫感(圧力)が強い |
平均自由行程 λ (分子が次の分子と衝突するまでの距離) | λ = 1/(√2 π σ² n) | 真空に近づくほど分子がスカスカ → λ が長くなる。 例:室温(20℃):λ ≈ 7 mm × (1 Pa / P) |
満員電車では歩けない(λ小) 空いた電車では自由に歩ける(λ大) |
記号 | 意味 | 単位 | 覚え方・メモ |
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P | 圧力 (Pressure) | Pa (パスカル) | 1 Pa = 1 N/m² 大気圧 = 10⁵ Pa |
V | 体積 (Volume) | m³ | 1 L = 10⁻³ m³ ペットボトル 1本 = 0.5 L |
n | 物質量または分子密度 | mol または個/m³ | 文脈で変わる。PV=nRTでは物質量、P=nkTでは分子密度 |
R | 気体定数 | 8.314 J/(mol·K) | 「アボガドロ数 × ボルツマン定数」と覚える |
T | 絶対温度 (Temperature) | K (ケルビン) | T(K) = T(℃) + 273.15 室温 = 300 K |
k | ボルツマン定数 | 1.38 × 10⁻²³ J/K | 「分子1個あたりの気体定数」 |
λ | 平均自由行程 | m | 分子が他の分子と衝突するまでの平均距離 |
σ | 分子直径(衝突直径) | m | 空気の代表値 ≈ 3.7 × 10⁻¹⁰ m(3.7 Å) |
気体の流れ方は圧力によって大きく変わります。これを判断するのがクヌーセン数です。
クヌーセン数の定義: K = λ / D
流れの名前 | 目印 (クヌーセン数) | 何が起きている? | 身近な例 | 計算で使う式 |
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粘性流 (Viscous flow) | K < 0.01 | 分子は団体行動。液体のように流れる 分子同士の衝突が支配的 | 掃除機のホース、水道管 | Poiseuille式 (圧力に比例) |
中間流 (Transition flow) | 0.01 < K < 0.3 | 団体行動と個人行動の間 複雑で予測困難 | 102 Pa 前後の配管 | 補正係数を使用 (実験値に頼る) |
分子流 (Molecular flow) | K > 0.3 | 分子は壁としか衝突しない 個人行動、ランダムウォーク | 極高真空、宇宙空間 | クヌーセン式 (圧力に無関係) |
コンダクタンス(conductance)は、配管の「通しやすさ」を数値化したものです。
水道管に例えると、太くて短いホースほど水がよく流れるのと同じです。
流れ領域 | 円筒管のコンダクタンス C(空気, 20℃) | ざっくり特徴 | 覚え方 |
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粘性流 (高圧領域) |
C [L/s] = 135 × (D[cm]^4 / L[cm]) × Pave [mbar] |
D⁴ と平均圧力 P に比例 粗引き段階で効く |
「太さが命」 直径2倍で16倍改善 |
分子流 (高真空領域) |
C [L/s] = 12.1 × (D[cm]^3 / L[cm]) |
圧力に無関係 到達圧力はリークやアウトガスで決まる |
「太さと長さだけ」 圧力は関係なし |
記号 | 意味 | 単位 | 覚え方・メモ |
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C | コンダクタンス | L/s | Conductance(通しやすさ)。大きいほど良い |
D | 配管内径 | cm | Diameter(直径)。外径ではなく内径 |
L | 配管長さ | cm | Length。曲がりがあると実効的に長くなる |
Pave | 平均圧力 | mbar | 粘性流でのみ使用。P = (P₁ + P₂) / 2 |
C = πD⁴P/(128μL)
に空気(300 K)の粘性率 μ ≈ 1.84×10⁻⁵ Pa·s
を代入し、D・Lをcm、Pをmbar、CをL/sに換算すると係数が約135になります。粘性流領域のポンプの計算式は以下の通りです。
S = V/t × 2.303 log(P1/P2)
記号 | 意味 | 単位 |
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S | 真空ポンプの排気速度 | L/min |
V | 真空槽(チャンバー)の容積 | L |
t | 排気時間 | min |
P1 | 初期圧力 | Pa(絶対圧) |
P2 | 必要とする圧力(目標圧力) | Pa(絶対圧) |
実際の現場では、この計算どおりに排気できるとは限りません。以下の要素を考慮してください。
最後に:チャンバーをどのくらいで引けるかは装置構成や条件で大きく変わります。最終判断は各メーカーにご相談ください。