失敗事例 #01
「油回転ポンプの”おみやげ”をルーツポンプが丸のみした話」
1. 背景
- 研究室で使用していた 油回転ポンプ(ロータリーポンプ) が不調。
- 一時的な代替機として、ルーツポンプ(ドライポンプの一種) を同じ吸気ラインに接続・貸与。
- 授業や実験で時間が押しており、ライン洗浄やモニタリングは最小限で済ませてしまった。
2. 事故の経緯(タイムライン)
時刻 |
作業内容 |
その時の判断 |
見落とし |
0 h |
油回転ポンプ停止 → ルーツポンプ設置 |
「フランジ形状は同じだし接続は簡単」 |
油ミストフィルタ未装着 |
+5 min |
ルーツポンプ起動 |
「異音なし・到達圧力OK」 |
吸気ライン内の油蒸気を未チェック |
+10 min |
排気口から独特の”焦げた油”のにおい |
「しばらく回せば抜けるはず」 |
においは汚染のサイン |
+1 h |
においが弱まらず実験中止 |
「これはまずい」 |
ポンプ内部まで油が侵入 |
3. 技術的な要因
項目 |
詳細 |
ポンプ方式の違い |
油回転ポンプは作動油を潤滑・シールに使用。ルーツポンプは油を使わない(ドライ)ため、油分に弱い。 |
逆拡散 |
故障中のロータリーポンプが吐き出した油蒸気が吸気ラインに滞留していた。 |
ミストフィルタ欠如 |
ラインにトラップやフィルタを入れなかったため、油蒸気がダイレクト流入。 |
温度管理不足 |
立ち上げ時にルーツ内部が低温で、油が凝縮し付着しやすかった。 |
4. 影響・被害
- ルーツポンプ内部に油が付着 → ベアリング・シールの劣化加速
- 排気が常に油くさい → クリーン真空が必要な測定に再使用できない
- オーバーホール見積:数十万円+ダウンタイム数週間
- 実験スケジュール遅延、学生の卒論実験日に影響
5. 原因分析(5 Why で考える)
- なぜルーツポンプに油が入った? → ラインに油蒸気が残っていた
- なぜ油蒸気が残っていた? → 油回転ポンプが吐出したミストが配管に付着
- なぜミストを除去しなかった? → フィルタ設置・洗浄工程を省略した
- なぜ省略した? → 実験を早く再開したかった(スケジュール圧)
- なぜスケジュール圧があった? → 予備機とメンテ計画が不足していた
6. 学んだ教訓
- ポンプの方式が違えば「相性問題」が必ずある
- 配管は「きれいに見えても汚れている」――真空ラインは使い回し厳禁
- 異臭・色の変化・到達圧力のわずかな悪化は重大な汚染のシグナル
- 余裕のないスケジュールはチェックリストを”消去”する最大要因
- 予備機を持つだけでなく、予備機投入フローを決めておく
7. 再発防止チェックリスト
- 代替ポンプ接続前にラインを分解洗浄(IPA など揮発溶媒→乾燥)
- ミストフィルタ/コールドトラップを必ず介在
- 最初の 30 分は排気臭・振動・電流値をモニタリング
- ポンプを跨いで機種を変える場合は専門業者に相談
- 定期オーバーホール計画を年度初めに策定
- トラブル対応を実験ノートと共有ドライブに記録し、後輩と共有
8. コラム:油回転ポンプ vs. ルーツポンプ
特性 |
油回転ポンプ |
ルーツポンプ |
潤滑 |
作動油が必須 |
ドライ(ギア油は封入部のみ) |
得意圧域 |
大気圧 → 10⁻³ Pa |
10² → 10⁻¹ Pa(前段ポンプ必須) |
油ミスト |
発生する |
発生しないがミストに弱い |
代表的な故障 |
油劣化・逆流 |
オイル混入・ベアリング摩耗 |
9. まとめメッセージ(学生向け)
「急いでいるときほど、ひと手間を惜しまない」
真空装置は一見シンプルでも、ポンプ間の相性や汚染経路は複雑です。
次にポンプを交換するときは、配管の”見えない汚れ”を想像し、フィルタを付ける・洗浄する・短時間で様子を見る――この3ステップを忘れないでください。
10. 最終チェックリスト
- ✅ ポンプ方式の違いと相性を確認した
- ✅ 吸気ラインの分解洗浄を実施した
- ✅ 必要なフィルタ・トラップを設置した
- ✅ 初期運転時の異常を監視する体制を整えた
- ✅ 緊急停止判断基準を明確にした
- ✅ 作業記録を残す準備を整えた
- ✅ 必要に応じて専門業者への相談準備を完了した